米国知財便り
CAFC、テキサス東部地裁・陪審による1億6,630万ドル賠償評決を破棄 - Finesse Wireless LLC v. AT&T Mobility LLC et al., No. 2024-1039, Fed. Cir. Sept. 24, 2025)
2025.11.07
米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は2025年9月24日、テキサス東部地区連邦地裁が下したAT&TおよびNokiaに対する約1億6,630万ドル(約250億円)の損害賠償評決を破棄(reversed)しました。
CAFCは本判決において、地裁による侵害認定を破棄するとともに、巨額の損害賠償を無効としました。
1. 背景
Finesse Wirelessは、同社が保有する「携帯通信基地局での相互変調積(IMP:intermodulation product)干渉の低減」に関する2件の特許(U.S. Patent Nos. 7,346,134 および 9,548,775)に対して、AT&TおよびNokiaの通信機器が特許侵害していると主張し、テキサス東部地区連邦地裁(EDTX)に提訴。
EDTXは2023年、AT&TおよびNokiaによる特許侵害を認定し、約1億6,630万ドルの損害賠償を命じました。
2. 地裁での高額賠償認定の背景
地裁判決文(EDTX, Docs. 337 and 339)には、陪審が高額賠償を導いた背景として、以下の点が記されています。
・地裁判事は陪審に対し、残存特許期間をカバーする一括ライセンス料(lump-sum royalty)モデルを採用するよう陪審説示していたこと
・原告側モデルは、特許発明により通信スペクトル(bandwidth)の利用効率が向上し、AT&Tが保有する帯域をより効果的に活用できたとする経済的効果を前提としていたこと
・被告側の限定的使用モデルよりも、原告側モデルの方が「市場実態に即している」と陪審が評価したこと。
ただし判決文では、なぜ金額が1億6,630万ドルに達したかの詳細な算定根拠までは明記されておらず、陪審によるモデル選択を尊重した判断にとどまっています。
3. CAFCの主な判断ポイント
(1) 非侵害の認定:
CAFCは、原告は被告製品が対象特許クレームの全ての要件を充足していることを示す実質的な証拠(substantial evidence)を提示しておらず、かつ専門家証言は自己矛盾しており、Nokiaの技術文書を誤読しているとし、侵害の立証が不十分であると判断。
(2) 地裁によるJMOL(Judgment as a Matter of Law)の棄却は誤り:
陪審の評決は実質的な証拠に裏打ちされていなかったため、地裁が非侵害のJMOL申立を棄却したのは誤りであると判断。
(*)JMOL(Judgment as a Matter of Law)とは?
陪審の評決を待たずに、または評決後に、「法的に一方の主張に根拠がない」として(陪審に付さず)裁判官自らが判決を下す米国特有の裁判手続です。
米国特許裁判では陪審の役割は「事実認定」であり、「法律問題」については決定することができません。法律問題は裁判官の専権判断事項です。
JMOL申立(motion)は、審理中(Rule 50(a) motion)もしくは評決後(Rule 50(b) motion)に法的争点の判断を裁判官に求めることができます。詳細は、拙著『グローバル企業の知財戦略』369頁 参照。
JMOLが認められる典型例としては
・特許請求項の要件を技術的に充足していない
・損害額算定の経済的根拠が欠けている
・故意侵害(willfulness)の主観的証拠がない
など、「原告としては法的に勝てない」状況を早期に終結させるための手段です。
以上のように、CAFCは、2件の対象特許について侵害を裏付ける証拠が不十分であるとして、被告側の非侵害を前提とするJMOL(Judgment as a Matter of Law)を認めました。
その結果、侵害を前提に算定された損害賠償命令は当然に失効するため、CAFCは損害部分を破棄(vacated)しています。
なお、CAFCは本件で、損害算定モデルや算定法則(Entire Market Value Ruleなど)自体の妥当性を判断しておらず、損害額の再審理命令ではなく、侵害認定の見直しに基づく破棄にとどまっています。
4. 本件CAFC判決の影響と実務上の留意点(Implications and Practical Takeaways)
本件は、損害算定の適法性や発明の寄与度の立証に関する重要な教訓を示しています。
CAFCは、地裁で認定された高額損害賠償を侵害のJMOL(非侵害の法判断)に伴って取り消しましたが、損害モデル自体に対する直接的な認定はしていません。
もっとも、CAFCは「非侵害」と判断したため、損害算定の妥当性に踏み込む必要がなく、結果的に「全市場価値ルール(EMVR: Entire Market Value Rule)」適用の可否や特許発明の価値寄与の立証水準についての議論は棚上げされています。
本件の実務的意義は以下の点に整理できます。
・本件は、CAFCが損害算定法理を論じた事件ではなく、侵害立証の証拠評価を重視した判決である。
・高額賠償が命じられた場合でも、侵害の技術的成立性が崩壊すれば損害部分も連動して失効することを示している。
・通信・インフラ系特許事件では、侵害の技術的証拠(構成要件の充足性)を明確に立証することが、損害算定以前に極めて重要。
― 原告側および被告側にとっての留意点 ―
(1)原告側の留意点(For Plaintiffs)
技術的な寄与が限定的な発明である場合、製品全体の売上や利益を損害算定の基礎に据える際には、発明が製品価値に「直接かつ定量的に寄与している」ことを裏付ける経済的証拠や市場分析が不可欠です。
CAFCが損害モデルに直接言及しなかったとはいえ、過去の判例(LaserDynamics, Lucent, Power Integrationsなど)からみても、EMVRの厳格な運用基準が今後も維持されると考えられます。
(2)被告側の留意点(For Defendants)
損害モデルに対しては、発明の機能が製品全体の価値にどの程度寄与するかを技術的・経済的両面から早期に争う戦略が有効。
特に複数の要素技術が組み合わさる通信関連製品などでは、特許発明を独立して切り出し、非侵害の論点と損害論をリンクさせることで、有利な展開を図れる可能性があります。
なお、本件では陪審が故意侵害(willful infringement)を認定していなかった点にも留意すべきです。これにより、地裁は懲罰的損害の加算を行わず、CAFCもこの点を審理していません。