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岸本外国法事務弁護士事務所

米国知財便り

「小が大を制す ─ 歴史に学ぶ現代ビジネスと知財戦略」【第3回】アジャンクールに学ぶ「環境を味方にする戦略」

2025.11.17

― 不利な条件を逆手に取る ―

 

1415年、百年戦争のさなか、イングランド王ヘンリー5世は、兵力で大きく劣る軍勢を率い、フランスの大軍とアジャンクールで対峙しました。

 

戦場となったアジャンクールは、両側を森に挟まれた狭い隘路で、前日の嵐の影響もあり、耕作地は深い泥濘と化していました。

 

度重なる行軍で疲弊したイングランド軍はわずか7千人。一方でフランス軍はその3倍以上。誰もがイングランド軍の敗北を疑いませんでした。

 

しかしヘンリー5世は、この“不利な環境”こそが勝機であると見抜きます。

 

泥濘で足を取られた重装騎士のフランス軍は動きが鈍り、突撃力を発揮できません。

一方、イングランド軍は、軽装歩兵と「長弓(ロングボウ)」を前面に配置し、動きを封じられた敵軍を遠距離から次々と射抜きました。

 

狭い地形のためフランス軍は隊列を展開できず、前方の兵が倒れると後方が押し寄せて身動きが取れなくなるという最悪の事態に陥ります。

 

“地形 × 気象 × 武器”という環境要素を最大限に活用した結果、イングランド軍は圧倒的不利を覆し、歴史的勝利を収めました。

 

この戦いの本質は、劣勢を嘆くのではなく、環境そのものを味方にした点にあります。

「不利な条件を悲観するのではなく、むしろ活かす。」

この発想の転換こそ、小が大に勝つための強力な戦略でした。

 

【現代ビジネスに通じる「環境適応戦略」】

 

市場は常に変化し、安定している状態はほとんどありません。

技術革新、規制の変更、価値観の揺らぎ——こうした環境変化を読み取り、機敏に戦略を変えられる企業が優位に立ちます。

 

Netflixは、変化を“脅威ではなくチャンス”と捉えた典型例です。

DVDレンタル市場が縮小し始めた段階でいち早く映像配信へと転換し、環境変化を主導する側へと回りました。

 

トヨタは、世界的なEVシフトの中でも、独自のハイブリッド技術を軸に“環境に左右されにくい立ち位置”を確保しました。

 

環境は選べません。

しかし、環境に合わせた戦い方は選ぶことができます——それがアジャンクールの示す教訓です。

 

【知財への教訓:環境の変化に合わせた知財戦略】

 

知財の世界も、市場・技術・制度といった環境の影響を強く受けます。

変化を正確に読み取り、特許・意匠・商標の「守るべき領域」を再定義できる企業こそ、長期的な優位を築いていきます。

 

キーエンスは、センサー分野の急速な技術変化を的確に捉え、特許群を継続的に更新し続けています。

 

ニコンは、デジタル映像への移行をいち早く見据え、光学要素技術の特許網を再構築して競争力を維持しました。

 

村田製作所は、電子部品の小型化・高機能化というトレンドを先読みし、積層セラミックコンデンサなどで層状の特許網を構築して参入障壁を形成しました。

 

コニカミノルタは、複合機市場の成熟化を読み取り、光学・イメージング技術の知財を医療・センシング分野へと“転用”して新規事業を創出しました。

 

・旭化成(リチウムイオン電池セパレーター)は、EV・スマホ需要の拡大を早い段階で読み取り、「湿式セパレーター」技術に特許を集中し、世界的シェアを獲得しました。

 

・サムスン電子(メモリ半導体)は、微細化・高速化という技術トレンドに合わせて特許網を形成し、環境変化をむしろ競争優位へ転換しています。

 

アジャンクールでヘンリー5世が勝利したのは、環境に“適応した”だけではなく、環境を味方につけたからです。

 

企業もまた、変化を避けるのではなく、変化を利用する姿勢が求められます。

「状況を嘆くより、状況を使う。」

その姿勢こそ、変化の時代を戦う最大の武器となるでしょう。