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【クロスボーダーをまたぐ日常】鉄道編 第4話 ―「待つ」という選択
2025.12.15
アムトラックでは、列車が遅れることは珍しくありません。
出発時刻が近づいてもホームが表示されず、気づけば30分、1時間と過ぎていくこともあります。いつの間にか、「遅れている」という事実だけが静かにそこに残ります。
最初の頃は、どうにも落ち着きませんでした。
「なぜ説明がないのか」「なぜ決まらないのか」。日本で身についた感覚が、つい顔を出します。
けれど周囲の乗客は驚くほど平然としています。本を読み、コーヒーを飲み、誰ひとり駅員に詰め寄らない。遅れること自体が、すでに“予定の一部”なのかもしれません。
日本では、正確さが信頼を支えています。
一方、アメリカでは「多少の遅れは想定内」という前提の上に、 “別の信頼?” が成り立っているように感じます。
待たされるのではなく、待つことを「選んでいる」。そう考えると、少しだけ気が楽になりました。時計を見る回数も自然と減っていきます。
ついでの話ですが、メトロ(地下鉄)でも車両故障はよく起こり、通勤途中の駅で全員降ろされることがあります。それでも、誰も文句を言いません。「またか」という表情で、淡々とホームに流れていきます。どうやら驚くほうが、少数派のようです。
アメリカで暮らした10年という時間がもたらした最大の財産は、ちょっとやそっとのことでは動じない「不動心」― と同時に、「まあ、そんな日もあるか」と受け流す技術だったのかもしれません。