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岸本外国法事務弁護士事務所

米国知財便り

米国知財リスクの基礎シリーズ【第2回】損害賠償が3倍に? ― 故意侵害(Willful Infringement)

2026.03.16

米国特許訴訟では、特許侵害が認定された場合、損害賠償額が最大で3倍まで増額されることがあります。これは「故意侵害(willful infringement)」と呼ばれる制度によるものです。

 

通常、特許侵害が認められた場合には、侵害によって生じた損害額の賠償が命じられます。しかし、侵害が「故意」であったと陪審に判断された場合、裁判官は裁量により損害賠償額を最大3倍まで増額することができます。これは悪質な侵害行為を抑止するための制度であり、懲罰的な意味合いを持つ増額賠償(いわば懲罰的損害賠償に近い制度)と理解されています。

 

この故意侵害の判断枠組みについて大きな転換点となったのが、2016年の米国連邦最高裁判決である Halo Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc. です。

 

それまでの下級審判例では、故意侵害を認定するために比較的厳格な要件が課されていました。しかし最高裁は、この基準を見直し、侵害行為の態様が「悪質(egregious)」である場合には、裁判官の裁量により損害賠償の増額を認めることができると判断しました。これにより、企業の対応が不合理または無謀であったと評価される場合には、損害賠償が大きく増額される可能性があります。

 

実務上よくある誤解として、「特許の存在を知らなければ侵害にはならないのではないか」という質問を受けることがあります。しかし米国特許法では、特許を知らなかった場合でも特許侵害が成立する可能性があります。

 

米国特許侵害は基本的に過失や意図を要件としない責任、いわば無過失責任( strict liability) に近い構造と理解されています。特に均等論による侵害判断においては侵害の意図は要件とはならないとされており(例えば Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chemical Co. 参照)、特許の認識の有無が問題となるのは、主として「故意侵害」の判断においてです。

 

もっとも、故意侵害のリスクは、適切な初動対応によって一定程度コントロールすることが可能です。例えば、警告状を受け取った場合に専門家の意見を求め、技術的・法的観点から侵害の有無を検討した経緯を記録として残しておくことは、企業の対応が合理的であったことを示す重要な材料となります。実務上は、弁護士による侵害鑑定書(opinion of counsel)の取得が、故意侵害の主張に対する防御の一要素として検討されることもあります。

 

米国特許訴訟では、特許を認識した後に企業がどのような意思決定を行い、どのような検討を行ったのかが厳しく検証されることがあります。私の経験上、問題となる可能性のある特許を認識した後の初動対応が、その後の訴訟の形勢を左右するケースも少なくありません。

 

警告状への対応や社内での検討プロセスの管理は、後の紛争リスクを抑えるうえで重要なポイントとなります。

 

次回は、部品メーカーなどが思わぬ形で責任を問われる可能性のある「誘発侵害(induced infringement)」について解説します。