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岸本外国法事務弁護士事務所

米国知財便り

「小が大を制す ─ 歴史に学ぶ現代ビジネスと知財戦略」【第2回】ハンニバルに学ぶ「奇策と集中」

2025.11.13

― 常識を超える発想が、新しい道を拓く ―

 

紀元前218年、カルタゴの名将ハンニバルは、敵国ローマを攻めるため、常識では不可能と言われた「アルプス越え」を敢行しました。

 

ハンニバルの軍勢は数万の兵士とともに、なんと戦象までも率いて雪山を越えたのです。凍えるような寒さと険しい地形、補給の困難を乗り越え、誰も想定していなかったルートからローマ本土に侵入しました。その奇襲はローマ軍の虚を突き、敵の戦略を根本から揺さぶりました。

 

さらに紀元前216年、ハンニバルは「カンナエの戦い」で、兵力で倍以上を誇るローマ軍を包囲殲滅します。

彼は中央をあえて下げて敵を誘い込み、両翼で包み込む「二重包囲戦術」を採用。結果、ローマ軍は史上稀に見る大敗を喫しました。

 

この一連の戦いで重要なのは、ハンニバルが決して正面からぶつからず、「相手の想定外」を突いた点です。

 

彼の戦略は、まさに「奇策と集中」によって“小が大を制した”象徴的な例といえるでしょう。

 

現代ビジネスの世界でも、同じ原理が働くと思われます。

限られた資源で巨人企業に挑むなら、真正面からの戦いでは勝ち目はありません。重要なのは、「大手や先行企業が手を出しにくい分野」や、「気づいていない市場」を見抜き、そこに戦力を集中することかもしれません。

 

たとえば、第1回でも紹介したAirbnbはホテル業界全体を相手にせず、「個人の空き部屋」という一点に集中した点で、「常識を超える発想」といえます。

 

まさにハンニバル戦術の実例と言えそうなのがバルミューダ(BALMUDA)です。

家電大手が寡占する市場にあって、同社は「デザイン」と「体験」に焦点を当て、蒸気制御技術を活かしたBALMUDA The Toasterで独自家電を開発し新しい市場を生み出しました。同社が、特許だけでなく意匠・商標を組み合わせ、知財でブランド価値を築き、大企業に囲まれながらも市場に風穴を開けた姿は、まさに現代のアルプス越えに当たると思います。

 

また、スペースXも同様に、国家主導だった宇宙開発に民間から切り込むという“アルプス越え”を実現しました。イーロン・マスクは「一度きりのロケット打ち上げ」という常識を覆し、再利用ロケットという逆転の発想で宇宙産業の構造を変えています。

 

いずれも、既存勢力と同じ土俵に立たず、発想を転換し、限られた資源を一点に集中した結果、市場の主導権を握る戦略が功を奏したと思われます。

 

 

【知財への教訓:発想の転換と一点集中戦略】

 

ハンニバルの奇策は、現代の知財戦略にも通じます。

中小企業やスタートアップが大企業に挑むには、すべての分野で広く出願するよりも、自社が最も強い技術分野に集中して強い特許を築くことが重要です。

 

・ダイソンは「吸引構造」という一点に特許を集中し、家電大手を逆転しました。

・キーエンスはセンサー技術の特許網で高付加価値体質を確立しました。

・任天堂は「操作体験」に特化し、特許と商標でブランド価値を守りました。

・Teslaは特許を一部開放するという逆転の発想で、市場ルールそのものを支配しました。

・バルミューダは、特許・意匠・商標を組み合わせ、デザイン家電という独自市場を確立しました。

 

ハンニバルの戦いは、「数や力の差ではなく、思考の柔軟さと執念が勝敗を決める」という永遠の教訓を示していると思います。

 

ハンニバルがアルプスを越えたその執念は、

・固定観念を疑う勇気

・不可能に見える道を選ぶ胆力

・限られた資源を戦略的に使う知恵

―これらを備えた者こそ、巨大な相手をも凌駕できることを教えています。