米国知財便り
米国知財リスクの基礎シリーズ【第5.2回】社内弁護士(in-house counsel)に相談すれば安心? ― 社内弁護士・会社間 秘匿特権の誤解
2026.04.13
前回、弁護士・依頼者間秘匿特権(attorney-client privilege)について、その基本的な考え方をご紹介しました。
その中で、「弁護士とのコミュニケーションは保護される」という点を強調しましたが、実務ではここに一つ、大きな誤解があります。
それは、「社内弁護士(in-house counsel)に相談していれば、何でも秘匿特権で守られる」という認識です。
1.結論から言えば、それは誤りです
米国法においては、社内弁護士が関与しているという事実だけで、そのコミュニケーションが自動的に秘匿特権で保護されるわけではありません。
判断の基準は一つです。
それが「法的助言」を目的としたものかどうかが問われます。
2.分かれ道は「法的助言」か「ビジネス判断」か
企業活動において、社内弁護士はしばしば
・特許戦略や開発戦略
・契約交渉の方向性
・価格設定や販売戦略
・事業判断全般
といった場面にも関与します。
しかし、これらは多くの場合、ビジネス上の助言(business advice)と評価されます。
この場合、たとえ社内弁護士が関与していたとしても、秘匿特権の対象外とされる可能性があります。
一方で、
・特許侵害リスクの評価
・訴訟対応方針の検討
・規制の解釈や適用
といった内容は、典型的な法的助言であり、適切に構成されていれば秘匿特権の保護対象となります。
3.管理職としての社内弁護士という難しさ
さらに実務で見落とされがちなのが、社内弁護士が管理職として意思決定に関与している場合です。
このような場合、当該コミュニケーションは、法的助言ではなく企業の意思決定プロセスの一部と評価され、秘匿特権の対象とならないと判断される可能性があります。
すなわち、社内弁護士が関与しているかどうかではなく、その役割が「法律家としての助言」なのか、「ビジネス判断の担い手」なのかが厳密に問われることになります。
4.よくある実務上の落とし穴
この違いが意識されていないと、次のような事態が起こります。
① 「とりあえずCCに入れる」
社内のメールに弁護士をCCに入れておけば安心、という運用が見られることがあります。
しかし、これは本質的には意味がありません。コミュニケーションの目的がビジネスであれば、特権は認められません。
② ビジネス判断に“法務を混ぜる”
営業判断や事業判断のメールに、形式的に法務を巻き込み、「一部でも法的な話をしているから大丈夫」と考えるケースです。
しかし、米国ではこのような混在は厳しく見られ、特権のすべてが否定される、あるいは一部のみしか保護されない可能性があります。
③ 「法務がOKと言った」という記録
「法務確認済み」「問題なしとのこと」といった記載も、文脈によっては逆に不利な証拠として用いられる可能性があります。
5.実務的にどう考えるべきか
重要なのは、極めてシンプルです。
「誰が関与しているか」ではなく、「何の目的で行われたコミュニケーションか」
この一点に尽きます。
実務上は、
・法的助言を求める場合は、その目的を明確にする
・ビジネス判断と法的助言を分ける
・不要に記録を残さない
といった基本動作の積み重ねが、結果として大きな差を生みます。
5.小さな違いが、大きな差になる
米国訴訟では、後からその一通のメールが精査され、
・これは法的助言か
・それとも単なるビジネス判断か
が、厳密に切り分けられます。
そしてその判断が、開示義務の有無や責任の有無に直結します。
社内弁護士に相談しているから安心と思っていたら、ディスカバリー手続で突然、開示しなければならないとなると悲劇です。
だからこそ、日常のコミュニケーションの設計そのものが、リスク管理になるとも言えます。
5.おわりに
「弁護士に相談しているから大丈夫」という安心感は、ときに危うさを含みます。
本当に重要なのは、その相談が、どのような性質のものとして記録されているか。
その違いが、将来、思いがけない形で現れることがあります。