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岸本外国法事務弁護士事務所

米国知財便り

米国知財リスクの基礎シリーズ【第5.3回】AI入力で『秘匿特権』が消える? ― 2026年米判決が示す「特権非該当」と「権利放棄」の二重リスク

2026.04.20

前回は、社内弁護士(in-house counsel)とのコミュニケーションであっても、必ずしも秘匿特権が認められるわけではないことを見てきました。

 

では、近年急速に利用が広がっている生成AIとのやり取りはどうでしょうか。

 

社内での検討メモや技術的な分析内容をAIに入力し、回答を得る。こうした使い方は、すでに日常的なものになりつつあります。

 

しかし、この点については、注意が必要です。

 

1.AIとのやり取りは秘匿特権で守られるのか

 

結論から言えば、AIとのコミュニケーションは、原則として秘匿特権の対象にはなりません。

 

秘匿特権が認められるためには、

・弁護士と依頼者の間の通信であること

・法的助言を目的としていること

・秘密として保持されていること

の要件を満たす必要があります。

 

しかし、AIは弁護士ではなく、また第三者的な存在として扱われるため、これらの要件を満たさないと考えられています。

 

2.判例に見るAIと秘匿特権

 

この点については、本年になってすでに米国で注目すべき判断が示されています。

 

連邦地方裁判所(ニューヨーク南部地区)は、2026年の United States v. Heppner 事件において、

・AIとのやり取り

・AIを用いて作成した文書

について、弁護士・依頼者間秘匿特権およびワークプロダクトのいずれも認められないと判示しました。

 

3.なぜ否定されたのか

 

裁判所は、従来の原則に沿って次の点を重視しています。

・AIは弁護士ではない(=弁護士との通信ではない)

・弁護士の関与なく作成されている

・AIサービスには秘密保持の期待が認められない

その結果、秘匿特権の要件が満たされないと判断されました。

 

4.より重要な問題 ― 秘匿特権の「放棄」

 

さらに注意すべきは、単に特権が認められないという点にとどまりません。

すでに弁護士との間で秘匿特権の保護対象となっていた情報であっても、それをAIに入力した場合には、その特権が放棄されたと認定される可能性があります。

 

裁判所は、AIを「第三者と同様の存在」として扱い、第三者への開示は秘匿特権の放棄を意味するという従来の原則をそのまま適用しています。

 

5.「便利なツール」と「第三者」の違い

 

ここで注意したいのは、感覚とのズレです。

多くの場合、AIは

・検索エンジンの延長

・社内ツールの一種

のように捉えられがちです。

 

しかし、法的にはそうではありません。

AIサービスは、

・外部サーバーで処理される

・入力情報が保持・利用される可能性がある

・第三者が関与する構造を持つ

といった特徴を有しており、「秘密として閉じた通信」とは評価されにくいのが現状です。

 

6.実務的な示唆

 

この点を踏まえると、実務上は次の点が重要になります。

・弁護士とのコミュニケーション内容を、そのままAIに入力しない

・特にリスク評価や法的見解に関する情報は慎重に扱う

・AIはあくまで一般的な情報整理の補助として利用する

 

7.これからのコミュニケーション設計

 

第5回で見たように、秘匿特権は、「どのようにコミュニケーションを設計するか」に大きく依存します。そして第5.2回、第5.3回と見てきたように、「社内弁護士」であっても「AI」であってもその関与の仕方によっては、本来守られるはずの情報が守られないという事態が生じます。

 

8.おわりに

 

情報は、どこに残るかだけでなく、どこに渡ったかによっても、その意味を変えます。

便利さの延長で使われるツールであっても、その一つひとつが、思いがけない形でリスクにつながることがあります。

 

ー 第5回「秘匿特権」 了