米国知財便り
米国知財リスクの基礎シリーズ【第7回】なぜ米国特許訴訟は高額なのか ― 訴訟費用の実態
2026.05.03
前回は、警告状を受け取った段階における初動対応の重要性について触れました。
では、その対応が遅れた場合、実際にどのようなコストが生じるのでしょうか。
米国特許訴訟は、「費用が桁違いに高い」と言われます。
実際、本格的に争われた場合の総費用は数百万ドル(数億円規模)に達することも珍しくなく、案件によっては1,000万ドル(十数億円)を超えることもあります。
このような高額化の最大の要因は、米国特有の「ディスカバリー(証拠開示)」にあります。
当事者は互いに、訴訟に関連するあらゆる情報の開示を求めることができ、電子メール、設計資料、技術文書、さらにはソースコードに至るまで、膨大な資料の収集・精査・提出が必要となります。
このプロセスには、弁護士に加え、レビュー専門のチームやITベンダーが関与することも多く、それだけで数百万ドル規模の費用が発生することもあります。
さらに、技術的観点から侵害や無効を分析する専門家や、損害額を算定する経済専門家といった「エキスパート」の関与も不可欠であり、それぞれ高額な報酬が必要となります。
加えて、裁判前に行われる「デポジション(証言録取)」や、陪審員に対して複雑な技術内容を分かりやすく説明するための準備など、多くの工程において相応のリソース投入が求められます。
このように、米国特許訴訟は単に「裁判費用が高い」というよりも、制度全体が多くの人的・時間的資源の投入を前提として設計されている点に特徴があります。
そして見落とされがちなのは、これらの費用の多くが「訴訟に入った後」に一気に発生するという点です。
すなわち、問題が顕在化してから対応を開始すると、短期間で巨額のコストに直面する可能性があります。
大きな費用は、突然発生するもののように見えて、実はその前段階の積み重ねの結果として現れることが少なくありません。
だからこそ、警告状を受け取った段階や、問題となる特許の存在に気付いた訴訟提起前の段階において、FTOに基づき侵害の有無や無効の可能性を冷静に分析し、必要に応じて迂回設計も含めた対応方針を検討しておくことが重要となります。
費用の多寡は、訴訟の場で決まるというよりも、その前の段階でどこまで準備がなされているかによって、大きく左右される――。
米国特許訴訟の実務は、そのような構造を持っているといえるでしょう。
また、社内における文書の作成・保存のあり方や、秘匿特権の対象となる情報の適切な整理も、結果として訴訟対応の負担に影響を与えます。後になって振り返ると、あのときの一つの判断が、すでに流れを決めていたのだと気づくことがあります。
これらの点については、次回(最終回)で詳しく取り上げます。