米国知財便り
最高裁、Lynk Labs 事件の上告を受理せず ― IPRにおける Secret Prior Art の取扱いが維持される
2026.07.01
米連邦最高裁判所は2026年3月9日、Lynk Labs, Inc. v. Samsung Electronics Co., Ltd.事件において、Lynk Labsによる裁量上訴(certiorari)を却下しました。これにより、2025年1月に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が下した「公開された特許出願は、IPRにおいても、その『出願日』に遡って先行技術(印刷刊行物)として扱われる」という判断が最終確定しました。
本件は、一見するとLED技術に関する特許紛争ですが、実際にはIPRにおいて、どのような先行技術(prior art)が利用できるのかという、米国特許実務上重要な論点を含んでいました。
1.本件の背景と争点
皆さんもご存じのとおり、米国の特許侵害訴訟において特許無効を主張する場合、一定の条件(同一の出願人による共通の発明である場合など)を除き、他人の米国特許出願はその公開日ではなく出願日を基準として先行技術となります。いわゆる “secret prior art” と呼ばれる考え方です。
一方、IPR手続(35 U.S.C. § 311(b))では、特許の無効資料として用いることができる先行技術が「特許」または「印刷刊行物(printed publications)」に限定されています。
本事件の争点は、「”secret prior art”、すなわち出願日は自社特許より早いが、公開が自社特許の有効出願日『後』になった他社の公開特許出願」が、IPRにおいて「印刷刊行物」として利用できるか否かでした。
2.問題となったMartin出願
本件で争われたのは、Martin出願と呼ばれる米国特許出願でした。
この出願は、2003年4月に出願、2004年10月に公開されたものでした。
一方、Lynk Labs特許の有効出願日は2004年2月でした。
特許権者側は、「印刷刊行物」という文言である以上、自社特許の有効出願日時点で一般にアクセス可能(publicly accessible)な状態の文献でなければならないと主張しました。
3.CAFCの判断
CAFCは特許権者Lynk Labsの主張を退けました。
CAFCは、「最終的にMartin出願が公開(または特許発行)されているのであれば、それは印刷刊行物という形態を満たしている」とした上で、その有効な基準日については特許法の条文(旧法§102(e) / 現行法§102(a)(2))に従い、「一般公開された日ではなく、出願日に遡る」と判示しました。
その結果、出願当時は公衆に知られていなかった出願であっても、後に公開されれば、その出願日を基準としてIPRにおける先行技術となり得ることが確認されました。
4.最高裁は介入せず
Lynk Labs社は最高裁に裁量上訴を求めましたが、最高裁は2026年3月、これを受理しませんでした。
最高裁は通常、裁量上訴を却下する理由を示しません。そのため、本件についても理由は明らかではありません。
結果として、CAFCによる上記解釈はそのまま維持されることとなりました。
5.実務上の意義
本件は、新たな法理を創設した事件ではありません。
しかし、「後に公開された米国特許出願は、その出願日を基準としてIPRにおける先行技術となり得る」というCAFCの解釈が、最高裁の不介入によって事実上維持された点に意義があります。
本判決は、地裁訴訟とPTABの手続間における先行技術の範囲の統一性を担保するものであり、米国における特許有効性の争い方において極めて重要なマイルストーンとなります。
特に、IPRにおける「特許または印刷刊行物」の解釈と、米国特許法上の secret prior art の取扱いとの関係を理解する上で参考になる事例といえるでしょう。