米国知財便り
米国知財リスクの基礎シリーズ【第6回】警告状は訴訟の始まり ― 初動対応の重要性
2026.04.27
ある日、米国のローファームから一通のレターが届きます。
「貴社製品は当所クライアントの特許を侵害している可能性があります。」
いわゆる「警告状(cease and desist letter)」です。
「cease」は侵害行為の即時停止、「desist」は将来の侵害行為を再開しないことという意味です。
日本企業にとって、このような文書は突然の出来事として受け止められがちですが、米国においては、これは単なる通知ではなく、「訴訟の入口」に立ったことを意味します。
1.警告状は“交渉の開始”ではなく“紛争の開始”
警告状を受け取ると、「まずは様子を見る」「軽く返答しておく」といった対応を考えがちです。
しかし米国では、警告状の段階ですでに紛争は始まっています。
この時点で送り主は、
・侵害の可能性を検討済みであり
・訴訟提起の準備を進めている場合も多く
・相手方当事者の対応を記録として蓄積し始めています
なお、特許権者の側から見ても、警告状は単なる牽制ではなく、「特許表示(patent marking)」の有無との関係で損害賠償請求の“起点”となり得るなど、重要な意味を持つことがあります。
つまり、警告状への対応は、その後の訴訟戦略に直接影響する重要な局面です。
2.初動対応を誤ると何が起こるか
警告状への対応で特に注意すべきは、「不用意なコミュニケーション」です。
例えば、以下のような対応はリスクを高めます。
・技術担当者が詳細な説明をしてしまう
・社内での検討内容をそのまま外部に伝えてしまう
・法的評価を伴うコメントを非弁護士が行う
これらは一見誠実な対応のように見えますが、米国訴訟においては、後に不利な証拠として用いられる可能性があります。
特に、前回までに触れた「discovery(証拠開示)」の下では、こうしたやり取りはすべて開示対象となり得ます。
3.“沈黙”もまたリスクになる
一方で、「何も対応しない」という選択も安全とは言えません。
警告状を無視した場合、
・相手方が即座に訴訟提起に踏み切る可能性
・故意侵害(willful infringement)の主張に利用される可能性
といったリスクが生じます。
つまり、「過剰に話すこと」と「何も話さないこと」の双方にリスクがあるのが、米国実務の難しいところです。
4.実務上の基本対応
では、どのような初動対応が望ましいのでしょうか。
実務上は、次の3点が基本となります。
① 直ちに米国弁護士へ相談する
警告状への対応は、弁護士の指導のもとで進めることが重要です。
これにより、「秘匿特権」の保護のもとで検討を進めることができます。
② 社内コミュニケーションを統制する
メールやチャットを含め、関連情報の発信は慎重に管理する必要があります。
不用意な記録が、後のdiscoveryで開示されることを前提に行動すべきです。
③ 技術・事実関係の整理を行う
対象製品の構成、開発経緯、関連資料などを整理し、事実ベースでの検討を進めます。
加えて、警告状を受け取った後は、送り主の素性・性質やその目的、対象特許の状況など、多角的な検討が必要となります。もっとも、これらは専門的な分析を伴うため、弁護士と連携して進めることが重要です。
5.警告状対応は「守り」ではなく「戦略」
警告状対応は、防御的な作業のように見えますが、実際にはその後の展開を左右する「戦略的判断」の連続です。
・どの範囲まで情報を開示するか
・どのタイミングで交渉に入るか
・そもそも争うのか、回避するのか
これらはすべて、初動対応の質に依存します。
6.おわりに
米国において、警告状は単なる通知ではありません。 それは、静かに始まる紛争の合図です。
その一通への対応が、数年にわたる訴訟の行方を左右し、その後の展開を劇的に変えてしまいます。
だからこそ、最初の一歩を誤らぬよう、いざという時に慌てず粛々と対処するための準備が、実務には求められているのです。
(次回予告)
第7回「なぜ米国特許訴訟は高額なのか ― 訴訟費用の実態」